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myheart育っていたのは“わたし”の心

2025年06月01日 そこに”どう”人があるか #育っていたのは“わたし”の心

お久しぶりです。徒然なDiaryに今日もお付き合いいただき、ありがとうございます。

今日は内容はいつもの子育て話とは変わり、私の活動のご報告をさせていただこうと思います。


今年1月、4年目になる十文字学園女子大学さんでの講義でした。

これまでの講義は、私が過去に携わった「おけらっちょ」という自然保育の会についてや、我が家の三姉妹が不登校になった体験談と、不登校の子どもたちの家庭での支援、不登校の子どもたちの居場所についてなど。

いずれも、具体的な活動の内容を紹介してきました。

今年は、

これまでの体験を通して、一番伝えたいことって何か?

もっともっと根源的な、大事なことって何か?

それを言語化したい。

1人にでもいいから、伝えたい。

そう強く思った年でした。

どうしてそう思うのだろう?と自分を振り返ってみると、

そこには拭い切れない痛い現実があったからでした。

社会全体では、不登校、学校に行かない選択をするということに対しての寛容さが、少しずつ生まれていることは確かです。

が、、、


今回講義をするにあたり、学校に行かない選択をしたお子さんを持つ保護者の方に、アンケートをとりました。


その結果、実際に体験している個人レベルの話では、

子どもたちの気持ちや心身の状況について、学校側から(時には親や親戚から)理解がされずに否定されたり、支援を受ける中で学校に行くことを暗に強制するような発言があったり、他の児童生徒に対しての十分な説明がないことで、他の児童生徒からのやっかみや嫌がらせを受けるなどの体験があったりしています。


我が家の娘たちにも、同じようなことが起こりました。


長女は、積極的不登校と私たち家族は認識しています。


自らの感覚で、学校というシステムにどうしても合わないところがあって、自分から学校に行かないという選択をして、今もそこに至るわけですが、

最初にその子どもの意思に直面した時、私自身が戸惑いや、罪悪感を感じました。

多数派ではなく少数派になることに、まるで自分が落ちぶれてしまったかのような感覚になって(そしてそれはもう生きていけないという錯覚も覚えた)、最初からすんなり彼女の意思を受け入れることができませんでした。


でも、長女が大事にしていたことは、自らの感覚を信じることでした。


そして親である私は、子どもの選択に対して感じている自らの不安や恐怖、罪悪感を、


ただただ、聞いてもらうことでした。

学校に行かないと将来大変なことになるよ、とか○○というメソッドがいいよ、とか不登校支援の団体を紹介してもらう、とか

そういったものは、あまり必要ではなかった。


ただ、話を聞いてくれる人の存在が、本当に重要だった。


私は確かにこれまでいろいろな子どもたちの居場所的な活動に携わってきましたが、居場所が重要なのではなく、そこに”どう”人がいるのか、が最も大事なことなのだということに気づいたのです。


そのような人に出会えるかどうかで、その後の子どもたち(もちろん保護者も)の生き様も変わってくるのです。私たちがそうだったように。


そして、これも面白いところなんだけど、

ただただ聞いてもらうことができたら、子どもたちは、自ら具体的な行動を思いつき選択できるし、

親も子も、なぜだか必要な場所や人や教材などに、出会っていけるのです。


今回の講義では、この点に注力して学生たちにお話させてもらいました。

私の体験談はあくまでも私の体験だから、学生さんの中にはあまりピンと来ない人もいたようでした。

でも彼女たちは卒業して社会に出たら、何かしらの形で子どもたちと対面していく人たちです。

彼女たちの体験の中で、私が話したことが思い出される時が来るかもしれない。

だから話さないよりは、話したほうがいい。
そんな思いで臨みました。


今朝ちょうど、私が尊敬してやまない古山明男先生の言葉が目に飛び込んできました。この内容にピッタリですのでご紹介します。

「文科省のフリースクールガイドライン(試案)は、「指導・相談」を行うところとなっています。違いますよ。「指導・相談」なんて、上から見下ろすようなことを言っているから、子どもが寄り付かないのです。不登校の子どもが「指導」しちゃったら、もう、オシマイ。「相談」できるほど、自分の中で整理されていたら、不登校になんかならない。」

これだけ不登校の数が増えれば、その当事者に対面する機会も多くなるでしょう。

どうかその時に、誰でもこのことを覚えていてほしいと思います。